「…二年来、死は人間達の最上の真実な友だという考えにすっかり慣れております。――僕は未だ若いが、恐らく明日はもうこの世にはいまいと考えずに床にはいった事はありませぬ。しかも、僕を知っているものは、誰も、僕が付合いの上で、陰気だとか悲し気だとか言えるものはない筈です。僕は、この幸福を神に感謝しております…」
                                      
 ―――V・A・モーツァルト(父宛の手紙より、小林秀雄訳)


空を、見たことがあるだろうか。

何ものをも全て包んでしまうような蒼い空だ。


 昔から「変わったところがある子」と言われて育ってきた私は子供の頃から空を見るのが大好きだった。それは昼下がりの青空でも良かったし、夜の天の川をはらんだ星空でもよかった。

 でも、特に昼の、太陽とは逆のところに一面に広がる空の色がたまらなく好きだった。それは、抜けるような、言葉では説明できない深淵を持った哀しい碧。


 保育園にいたとき、「好きな色のクレヨンで絵を描いてごらんなさい」と言われて幼い私は空色を手にした。それを見て横の友達は怪訝な顔をした。

―――女の子なのに、なんで青でかいとるの?

―――「すきないろで」ってせんせい言ったやん。青使っちゃいかんの?

―――だって、女の子やったら赤使わな。女の子の色やもん。

 多分彼女は「女の子は赤」という事を親から刷り込まれていたのだろう。確かに、女子トイレのマークは赤だし、女の子は赤色のランドセルやかばんを肩から下げ、赤い名札をつけて学校や保育園に集まってくる。


 でも、幼い私は赤が好きにはなれなかった。ものごごろついた頃からこころの在処を探していた私には赤はあまりに挑発的すぎたのかもしれない。


 中部地方のかたいなかで育った私は片道30分かけて田舎道をてくてく歩いて小学校に通った。田舎には大空を切り取ってしまうビルも電柱も少ない。秋などは刈り取りの終わった田圃の中に入っていって思う存分空を見ていた。


―――何見とるの?

 大人も子供も、私のこの奇癖についてものめずらしそうに尋ねてきた。そういうとき、私は決まってこう答えた。


―――空やん。


 事実、私の見ているのは空以外のなにものでもなかった。ただ、これは後で判ったことだが、その時の私は世の中にはいろんな人がいること、自分が感じられるものが感じ取れない人も多くいることを理解していなかった。だから、人からは「ぼーっとひとりで空を見ている変な子」としてしか自分が映っていないことにどうしても納得できなかったのかもしれない。



蒼い空、ぬけるような蒼い空。


 ひとり、その空を知っている人がいた。

 彼は自ら死を選び、四半世紀でこの世を去ってしまった。

 恐ろしいぐらいに頭がよく、そしてとてもやさしい子だった。私のような不真面目な女が尤もらしく学生なんかやっているよりも何倍も頭が良く、彼と話をする度に私は自分の暗愚さを痛感させられたものだった。


 普通の人にとってみれば大学院生は「勉強が出来る頭のいい人達」なのかもしれないが、私が見る限り、大学院生なんてのの中に本当に頭がいい人なんて一握りしかいない。残りは就職できずにずるずるとモラトリアムを続けるお子さまと、自分の研究のことしか頭にない度量の狭い似非インテリだ。彼らは自分が大学院生をやっていることで「おれは人より頭がいい」なんて妙なプライドを持っているが、実のところ、自分一人で生活することすら出来ない情けない種類の人間なのだ。


 彼は本当に頭の良い子だったが、大学院生にはならなかった。卒業して、ちゃんと就職して、職をきちんとこなしつつも本を読み、世の中のあらゆる事に知のアンテナをはりめぐらす人になった。世の中には彼のような「世俗の天才」をたまに見かけることがある。「自分は頭がよい」と思い上がった大学院生を見る度、私は彼をその人に紹介してやりたい衝動に何度も駆られた。

 しかし、彼は「世俗の天才」をやめてしまった。初めは信じられなかった。みんな「何故」「どうして」「判らない」といった顔で葬儀のミサに参列していた。そんな素振りなど、家族にも友人にも見せることなく、彼は遺書を残して冬の晴れた空の彼方に消えてしまった。


 しばらくして、私には彼があちら側に行ってしまった理由が判った。でも判りたくなかった。



彼は、空が蒼いから死んだのだ。


―――これ、持ってきたよ。


 知り合ったばかりの頃、彼はそう言ってグールドが弾いたバッハの「ゴールドベルク変奏曲」のCDを持ってきてくれた。何度も繰り返し聴いたのであろう、端のすり切れたブックレットの表紙には死を一年後に控えたグールドがこちらを向いて鎮座していた。その頃、グールドの弾くスクリャービンのソナタ第3番に一目惚れならぬ一聴き惚れしてしまった私はグールドのCDを買い、グールドに関する本を片端から読み漁っていた。もともとグールドが好きだった彼はそんな私の熱の上げぶりに半分面白がりながらつきあってくれた。ベートーヴェン、シェーンベルク、ハイドン、プロコフィエフ、いろんな楽曲をグールドで聴き、CDも買い込んだが、何故かバッハは彼から借りた「ゴールドベルク変奏曲」だけを、彼のCDからのコピーしたテープだけで持っている、という状態が長いこと続いた。

 あの演奏は、自分のものにしてしまうには、あまりに辛かったからかもしれない。年に何回か、あの演奏を聴くときは決まって独りになって部屋を真っ暗にして、夜空を見上げていた。「グールドをきいていると、私は時々、自分のいるのが生死のどちらの側か、よくわからないような気がする」と書いたのは吉田秀和だが、グールドの、特に「ゴールドベルク変奏曲」の第25変奏や終曲のアリアを聴くと私はずっと空を見上げていた幼い頃の感情が沸々とわきあがってきて涙を流していた。

 その哀しさは多分生きるもの、生きて空を見上げることができるものにしか判ることの出来ないかなしさなのだ。


 小学生や中学生の頃、私はモーツァルトが大嫌いだった。それにはそう哲学的な理由があったわけではなく、ただ、赤バイエル、黄バイエル、クーラウやクレメンティのソナチネと進んでいくと、そこに待ち受けていたのがモーツァルトのピアノソナタ集だったのだ。ピアノがそう得意なわけでもない私はモーツァルトのソナタをみんながさも当然のごとく、まるで、小学校から中学校に上がるのが当然で、足し算が終わったら次は掛け算の勉強をしなければならないようにみんな知っていて右へ倣えで弾いているのが我慢ならなかった。テクニック重視の日本のピアノ教育ではモーツァルトは「間違えて弾いてはいけないもの」で、技術のない私がモーツァルトを弾いたら「あ、あの子あそこで間違えた」と密かに心の底で嗤われているような気がした。


 こんな私のモーツァルトアレルギーを払拭してくれたのがグールドの演奏だった。「間違えないように、原典通りに厳格に弾かねばならないもの」とばかり思っていたモーツァルトが、グールドの手にかかるや、生き生きと歌い始めたのだ。この曲はこんなにおもしろい曲だったのか。私は幼い頃私よりもピアノのテクニックがある子が鼻高々に弾いていたつまらないソナタと、今ここで私が聴いているソナタが同じ曲だとはどうしても思えなかった。


―――なんだ、モーツァルトってこう弾いてもよかったんだ。


 グールドのモーツァルトは固定観念でガチガチになっていた私の精神を解放してくれた。それから私はモーツァルトを好んで弾くようになった。



   

 「何という沢山な悩みが、何という単純極まる形式を発見しているか。…名付け難い災厄や不幸や苦痛の動きが、そのまま同時に、どうしてこんな正確な単純な美しさを現す事が出来るのだろうか。それが即ちモオツァルトという天才が追い求めた対象の深さとか純粋さとかいうものなのだろうか。ほんとうに悲しい音楽とは、こういうものであろうと僕は思った。」
(小林秀雄「モオツァルト」より)



 モーツァルトについては、多くの先賢が沢山の著作をものしている。その全てをここで羅列するわけには行かないが、ここに挙げた小林秀雄の評論は日本ではよく知られているだろう。彼もモーツァルトに魅せられ、何とかしてそれを表現しようと文字の世界で足掻いた一人だ。しかし、彼が原稿用紙を何十枚も何百枚も使って言おうとしたことはたった一文に集約することが出来る。



モーツァルトは悲しいのだ。


 モーツァルトの作品の中に短調が少ないことは、モーツァルトを聴いたことがある人ならすぐ気づくだろうが、これは「哀しい、暗い感じのする」短調を依頼者が会話や余暇の静寂の埋め草としてBGMに使うことを嫌ったという実際的な理由以上に、モーツァルト自身、短調を書くのを嫌っていたのではないか。私は勝手にそう思いこんでいる。短調が暗くて哀しいのは当たり前なのだ。

 こう書いたからといって、別に私はモーツァルトの短調を嫌っているわけではないし、モーツァルトの短調のこれこれの曲が好きだという人に喧嘩を売っているわけでもない。ただ、私が勝手にそう思っているだけだ。


 初めてモーツァルトのソナタ集をグールドで聴いたとき、泣いてしまった曲がある。ケッヘル三三○番の第二楽章だ。ハ長調の、なんでもない単純な三部形式のカンタービレ。ピアノを習いたての小さい子でも弾けてしまうような単純なメロディをグールドの硬質の音がなぞって行くのをじっと耳を澄まして聴いていくうち、私は涙を流していた。



そこには、蒼い空がひろがっていたのだ。


 ある日、私が大学の古びたホールの中古のピアノでこの曲を弾いていると、彼がやってきた。なんやかやとたわいもない話をしているうちに話がこの曲のことになった。


―――この曲、かなしいよね。

 

 それは、私の記憶の中に残っている限り唯一の彼のこころの言葉だった。彼は人前で、家族の前ですらも滅多に感情を表沙汰にすることがない男の子だった。長男で、親に迷惑をかけられないという責任感も強かったのかもしれない。天才肌の彼が悩みに悩んだ末に就職する道を選んだのも、その責任感も手伝ってだったのだろう。本当のところは誰にも判らない。でも、私はその時、彼のその言葉を聞いて確かにこう思ったのだ。


―――ああ、この子、空を知ってるんだ。


 それは私一人の思い込みかも知れない。しかし、他人のこころを全て理解することなんて誰にもできないと思う。だけど、そうだからといって虚無的になることはない。理解はできなくても、想うことはできるのだ。

 彼のその言葉を聞いて、私は本当に嬉しかった。空を知ることのない人から「変な子」と言われ仲間外れにされてきたそれまでの人生だったが、空をわかってくれる人がいることを初めて知った瞬間だった。


 誤解のないように言っておくが、空を知ることは特権ではない。空を知らないからといって、卑屈になる必要もないし、自分が知っているからといって自分を天才だと考えているわけでもない。ただ、世の中には時々、空を知ってしまう人がたまにいるというだけの話だ。そして、空の、天の碧を知って生きていくことは知らない人にとっては想像もつかないくらい辛いことなのだ。


 宇宙空間からは地球を見た人は「雲を孕んで本当に蒼く美しい天体だ。この美しさは宇宙空間に出たことのある人にしか判らないんだ」とさも得意そうに語る。しかし、裏を返せば、こういうこともできるではないか。


―――この広大無辺の宇宙の中でこの天碧が見られるのは地球上だけじゃないか。



 人間が地球に棲み、人生を歩んでいく限り空はいつまでも我々の上に蒼くひろがっているのだ。



 人がこの世に生きる限り、人はそれぞれに天碧をもっているのだ。天碧の孤独は誰にも渡すことも、譲ることもできない。ひとりひとりがそれと共に歩まなければいけない、生きていく苦しみなのだ。


 ただ、人によって、天碧を強く感じてしまう人とそうでもない人の別があるにすぎない。

 彼は多分、天碧を知りすぎてしまったんだと思う。愚鈍な私ですら、あまりに蒼い空を見るのは堪えられないときがある。私が一階でうろちょろ馬鹿なことをしているときに、五階あたりで困った奴だと苦笑しながら導いてくれた彼だ、天碧を見ることの辛さは私などより遥かによく知っていたに違いない。


 彼が生を絶ってしまった日、空は朝から蒼く蒼くひろがっていた。彼はもしかしたら、死ぬ直前に空を見たかも知れない。彼の死因が自殺だったと聞いたとき、私の耳には彼が死のうとする直前の声が届いてきた。



―――ああ、もう、いいか…。



 本当にそう言ったかどうかなんて、彼以外には知る由もない。でも私には確かにそう聞こえてきたのだ。彼はそう言って、天碧にすいこまれていってしまったのだ。


 私は少しは天碧を知っているから、彼のしたことは判る。でも、判りたくないと思う。人は蒼い空の下に孤独に生まれ、孤独に生きて、孤独に去っていく。それは自然の摂理だ。ましてや、天碧を知ってしまえば生きていくことは一層悲しい。


 でも、それで自分の命を絶つことは私にはできない。私という、本当にどうしようもない馬鹿な女でも、その存在を、生きているという事実を無償で喜んでくれる多くの人をこれ以上悲しませることなんて、私にはできない。

 天を見上げれば私たちは孤独だ。でも、ふと目を落とせば、そこにはみんながいて、なんでもない幸せや美しさが転がっている。あまりに当たり前すぎて気づかないところに、もしかしたらほんとうの生きる喜びはあるのかもしれない。


 蒼い空を知っている人にとっては孤独や辛さを見つけるのは至極簡単なことだ。しかし、そういう人は空ばかり見上げているから、逆になんでもない幸福に気づくことが難しいのかもしれない。私もかつてそうだった。でも、一度生きることの岐路に立たされてその幸福が少し見えるようになった。そのことは天碧の無限の崇高さに比べればいかにも世俗的で、恥ずかしく、馬鹿馬鹿しいものかも知れない。しかし、私たちが生きているところは天ではない。この、俗っぽく醜い地上なのだ。恥をかいて世俗的に生きていくことのどこがいけないのだろうか。


 今、私の横には彼の葬儀ミサの時の花が飾られている。青いストックと、白いカーネーション。空の碧と雲の白だ。彼は天碧を知り、知りすぎ、そして天碧になってしまった。私もいずれは天碧のもとに旅立たねばならぬ時が必ず来る。しかし、あともう少しだけ、地上にいて馬鹿馬鹿しい幸福を集めていたい。いずれその幸福を両手一杯にして蒼い空の中で待っている彼と再会することを願って。



 空は、今日も蒼い。






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尚、背景の空の写真はhttp://buran.u-gakugei.ac.jp/~amemiya/phots.htmlからダウンロードさせていただきました。


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