Vote 2000

11/10

 昨日、大学院のクラスに出席するために学校へ行ったら、クラスメイトがみんな憔悴しきった顔をしている。議論のまとめ役である教授ですらちょっと歯切れが悪い。
 そう、みんな次期アメリカ大統領を決める予備選の結果をリアルタイムで知りたいがためにずっと起きていたのだ。アメリカ市民でないとはいえ、WOGもアメリカに住んでいる身であるから、やはり結果が気になる。午前2時頃まで起きていたのだが、寄る年波と睡魔には勝てず、ダウンして寝てしまった。
 しかしながらクラスメイトの殆どは午前4時ごろまでずっとテレビを見て結果を待っていたらしい。授業が終わった後に奨学金団体のパーティーに出席した時もワタシのホストであるダークは「僕は6時まで起きてて、30分ぐらいしか寝られなかったんだよ」と今回の選挙の異常さを嘆いていた。WOGのルームメイトの一人であるメキシコ人のホセも午前4時頃まで起きていたらしく、殆ど寝ずに働きに行ってしまった。彼のガールフレンドでWOGのもう一人のルームメイトであるロイダはホセを「アメリカ市民じゃないのに、何も平日の深夜にそこまで起きている必要ってあるのかしら」と溜息をついていた。
 そう、みんな一刻も早く結果を知りたくてずっと起きていたのだ。翌日に睡眠不足の人が溢れてしまうほど大統領選挙に対する国民全体の関心は高い。投票前日のフットボールのゲームでも話題は選挙一色。実況アナウンサーもしきりに「みなさん、明日はちゃんと投票に行きましょう」と訴えていた。何よりも一番笑ったのは投票が行われた夜のESPNのサイトを覗いてみたら各試合会場のゲームの結果(バスケットやホッケー)の欄の一番上に「大統領選」の欄があって、他のゲームと全く字体を変えることなくブッシュとゴアの獲得選挙人数が書かれていたことであろうか。これは「国民参加型の政治レース」なのだ。
 だが、翌日の朝になっても全く結果は不透明。フロリダとオレゴンの開票がいくら進んでも両者互角で全く先行きが見えないからだ。WOGが7日の夜に授業から帰ってきたときは「フロリダはゴアが勝利」と報じられていたのだが、どうやらそれも撤回され、また、8日の未明に出されたブッシュ勝利の報道も撤回され、テレビの前に夜通しずっと座っていた人はメディアの選挙報道のあやふやさを身を持って体験してしまったことだろう。
 今現在、Nasdaqやダウ・ジョーンズなどの平均株価指標は以前より少し値を下げてはいるものの、アメリカの景気は80年代のように非常に悪い、とかいうわけではなく、それなりに良い。加えてクリントンによる民主党政権がそれほど悪い政策を行っていた、というわけでもないから今回の選挙は民主党のゴアが圧倒的に勝利しても良さそうなものだ。しかしどうやら選挙運動に関する手腕(これは側近の力が大いにものを言う)においてはブッシュが1枚も2枚も上手だったようだ。特に地方の保守層のブッシュ支持は中西部、および山岳部の共和党支持に大きく働いた。
 アメリカというのはちょっと国内都市の発展の仕方が変わっている国で、船の使える海沿いか五大湖沿い、もしくは大河沿いに大都市が集中している。加えて19世紀にあったゴールドラッシュの影響で、東海岸から一気に西海岸に人が集まってきてしまい、間にある中西部や山岳部は思いっきり中飛ばしされてしまった。
 人が集まる、ということは都市労働の口も沢山ある、ということで移民もそちらに集中する。その結果、中西部や山岳部は保守的な白人か、居留地に押し込められてしまった先住民が多くの人口比率を占めるようになった。
 ブッシュはこうした山岳部や中西部の州において支持が固かった。こういった州はやはり農作物生産が州産業の枢要な部分を占めているから、商業経営が基本となっている大規模農家に有利な政策をとる共和党のブッシュの方が圧倒的支持を集めている。コーンや麦の畑が地平線一杯に広がるカンザスやネブラスカ、そしてオクラホマなどでは共和党支持票が民主党の倍近く集まっている。アメリカの中で最も保守的な人々が住むと言われているユタやアイダホに至っては共和党支持の票が民主党支持の実に3倍近くにのぼっている。
 一方、南部も保守層の地盤がやはり強い地域のひとつ。特にヴァージニアやノースカロライナ、テネシーなどはタバコ栽培が州の重要な収入源となっているため、タバコに関して有利な政策をとっている共和党がやはり強い。このため、ゴアの出身州であるテネシーやクリントンの出身州であるアーカンソーが共和党支持に回ったのも決しておかしい話ではない。クリントンが大統領になってからというもの、タバコに対する税金の度重なる引き上げにより国内売り上げは大幅に落ち込み、タバコ産業は大打撃をこうむっているからだ。
 さて、それではどこでゴアがここまでの僅差に追い上げたのか。今までの話の筋でも大体想像はついてはいるだろうが、マイノリティや移民が多く集まる海沿い、もしくは五体湖沿いの大都市を持つ地域と、そして概してリベラルを自負する人々が多いニューイングランド地方だ。今回の投票で選出されるのは、直接に大統領を指名する選挙人なのであるが、その選挙人の数は各州の人口比によって割り出される。故に大都市を持つ州はより多くの選挙人が選出されることになる。ロスアンゼルスやサンフランシスコなどを持つカリフォルニアは54人、ニューヨークやバッファローを持つニューヨークは33人、フィラデルフィアやピッツバーグを持つペンシルベニアは23人、シカゴを持つイリノイは22人、といったところだ。
 ゴアはこうした大都市部において、マイノリティや移民からの固い支持票を集めることに成功し、結果獲得州ではブッシュに大きく水をあけられているものの、獲得選挙人数の点ではブッシュを上まわっている。カリフォルニアでは出口調査で何とヒスパニック系の有権者の80%以上の支持を集めていることが判明している。
 さて、話は今回の選挙で見事にキャスティングボートを握る形となったフロリダであるが、この州も少々変わった特徴を持っている。フロリダはその温暖な気候のお陰でオレンジを始めとする果樹の栽培が盛んであり、また老人達の退職後の静養地としても非常に人気がある。その点では農業や保守層に支持を求める共和党に一日の長があるように見える。
 しかしながら、同時にフロリダはマイアミやタンパベイ&セント・ピータースバーグといった大都市も抱えており、そういった大都市には中南米からのヒスパニック系の移民が非常に多い(というか、元々フロリダはスペイン領だったのだが)。キューバからのボート亡命をはかったエリアン少年が身を寄せたのは彼の親類が多く集まるマイアミだった。WOGはまだマイアミには行ったことがないのだが、行った人から話を聞くと、まるでアメリカの都市ではないような雰囲気があって、街行く人がスペイン語で話しているのは日常の風景であり、スペイン語チャンネルもケーブルテレビに入れば4チャンネル以上が見られるのだそうだ。
 こうした複雑な特徴が今回のフロリダの僅差による再集計という結果に回ったのではないだろうか。ブッシュもゴアもこのフロリダを主眼に入れた選挙運動を展開してきた。選挙戦における一番の争点が、老人(フロリダに多く住んでおり、重要な票を握っている)に対する福祉政策だったというのも大いに頷ける。
 以前、日本の衆議院議員選挙の話題をしたときにも触れたが、選挙というのは普段ははっきりとは現れてこない人々の裏側の感情が明確な形で見て取れる重要な機会の一つだ。勿論、数字という無味乾燥な形ではあるが、それによって各州の人々が何を考えどのように生きているのかを朧気ながらも知ることができる。2000年というキリのいい数字に新しい世紀、そして新しい大統領の誕生と、日本にいたままでは出来なかった経験をしている、と言う意味で本当に自分はラッキーだ、と感謝している。

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